2008/03/24 日記<豊田有恒>
豊田有恒
豊田 有恒(とよた ありつね、1938年5月25日 - )は、日本の作家。SF作家、推理作家、翻訳家、脚本家、評論家。
群馬県前橋市の医家の生まれ。群馬大学教育学部附属小学校から東京武蔵中学校・高等学校卒。現役で東京大学理科二類(当時、理科三類は存在しなかった)に合格したが「面接に行った東大は、陰気な感じで印象が良くなかった」ため慶應義塾大学医学部に進学。しかし元々兄の大病で已む無く医学部に進学したため、麻雀やハワイアンバンド等に熱中して留年を繰り返し、兄の快復後に退学処分を受ける[1]。のち武蔵大学経済学部卒。
1962年、『火星で最後の……』でSF作家としてデビュー。初期のSF小説は現代、近未来物が多かったが、後に歴史的な物へと変貌して行った[2]。代表作にモンゴル帝国が世界を支配したパラレル・ワールドを描いた『モンゴルの残光』、架空戦記の先駆作品といえる『タイムスリップ大戦争』『パラレルワールド大戦争』、日本神話に取材した日本初のヒロイック・ファンタジー作品「ヤマトタケル・シリーズ」など。
なお、虫プロダクションでアニメ『鉄腕アトム』『ジャングル大帝』などの脚本を手がけたが、1965年にいわゆるW3(ワンダースリー)事件で手塚治虫の誤解を受け、虫プロを離れた。その後、両者の誤解は解け、手塚の晩年まで公私に渡って交流は続いた。
また、アニメ『エイトマン』の脚本やアニメ『宇宙戦艦ヤマト』シリーズの原案、設定にも携わる。宇宙戦艦ヤマトについては実質上の創作著作者であるとも言われ、創作著作権・著作者人格権を主張してもおかしくない立場ではあったが、自らは創作著作権を主張せず、西崎義展・松本零士の著作者人格権をめぐる訴訟では、松本零士を支持していた。
その後、作家業の傍ら島根県立大学総合政策学部教授として、日本地域文化論などを教える。
韓国に造詣が深く、自身、韓国語を使いこなす。渡韓歴も多い。古代韓国を舞台の1つにしたSF小説『倭王の末裔』の取材のため渡韓したのがきっかけだが、その他の作品でも韓国人の登場人物が多い。しかしその分、評論においては韓国に対してシビアな論陣を張る。産経新聞の黒田勝弘ソウル支局長と親交が深い。