2008/03/24 日記<山村美紗>
山村美紗
山村 美紗(やまむら みさ、1931年8月25日 - 1996年9月5日)は、日本の推理作家。1953年、京都府立大学女子短期大学部国語科卒業。父は京都大学名誉教授の木村常信、弟は政治学者の木村汎で、長女は女優の山村紅葉、次女は山村真冬。夫は元、京都・東山高校・数学教師で、退職後、七十歳を過ぎてから画家となった山村巍(作品は死んだ妻の遺影が主)。4人姉弟の長女であり、他に妹が2人いる。
(注:学歴に関して山村の公式プロフィールでは京都府立大学文学部卒となっているが、「京都府立大学同窓会名簿」には上記の記載がされている)
元国語教師。 国内に於けるミステリーの女王と言われた。1970年に「京城の死」で江戸川乱歩賞候補、翌年「死体はクーラーが好き」が小説サンデー毎日新人賞候補となり、その後作家メジャーデビュー。京都を舞台とした作品が多く、著作は多数。その作品の多くはテレビドラマ化されている。華道(池坊準華監)や茶道の師範免状、日本舞踊の名取(花柳流)を持ち、作品の舞台としても多く登場する。尚、山村は作家になる前の自らの人生を「株に精通したマネーゲームの天才」と称していたが、実際には短大を卒業後、京都市立伏見中学の教壇に立ち、その後はフリーのライターとして脚本(「特別機動捜査隊」)を手がけたり、月刊誌「推理界」(1970年廃刊)に小説「目撃者御一報下さい」を発表(1967年)などしたりして、細々と生計を立てていた。また、彼女の場合特に生年月日や学歴等、乙女心から来るたわいない詐称が多いことでも夙に有名である。例示すれば、今でも山村美紗の公式ホームページには昭和9年生まれとなっているが、実際には昭和6年生まれである。
深い付き合いで知られた推理作家西村京太郎との出会いは、まだ売れていない頃の西村に、山村が女子大生を装ったファンレターを送ったことが縁となったもので、そこから二人のプラトニックな交際が始まった。西村は当初、山村を独身と信じていたため彼女にプロポーズしたが、見事に断られたと晩年告白している。それで初めて山村に(夫と)娘がいることが分かり、交流は(山村の夫を除いた)家族ぐるみにまで発展する。のちに山村は西村と共同で嘗て旅館であった建物を購入。別館に住んでいた。本館は西村の自宅で、生前は山村宅と渡り廊下で繋がっていた。山村の急逝後、西村が彼女の未完の遺作「在原業平殺人事件」を仕上げている。また長女で女優の山村紅葉は美紗の作品に加えて西村原作のドラマにも多く出演している。 日本のアガサ・クリスティと讃えられ、類い希な当人の美貌と作中に登場する数多のトリックで、国内のファンを魅了した。
1996年9月5日、心不全のため急逝。享年65。滞在中の東京都千代田区の帝国ホテルにて、執筆中の小説が広げられた机に突っ伏して、亡くなっていたという。まさに、ミステリーの女王らしい最期だった。
また、弟の木村汎は山村の没後、北海道新聞1996年10月25日付けのコラム「弟から見た素顔の山村美紗」を発表した(日本エッセイスト・クラブ編「司馬さサンの大阪弁」(文藝春秋)に収録)。