2008/03/24 日記<黒死館殺人事件>
黒死館殺人事件
『黒死館殺人事件』(こくしかんさつじんじけん)は、小栗虫太郎の著した長編探偵小説である。
本作はゲーテの『ファウスト』に多大な影響を受けたという。基本的な筋は、前作『聖アレキセイ寺院の惨劇』を解決した名探偵・法水麟太郎(のりみずりんたろう)が、「ボスフォラス以東に唯一つしかない…豪壮を極めたケルト・ルネサンス様式の城館(シャトウ)」・黒死館で起こる奇怪な連続殺人事件に挑む、というものである。
黒死館に住まうのは、天正遣欧少年使節千々石ミゲルが、カテリナ・ディ・メディチの隠し子と言われる妖妃カペルロ・ビアンカと密通してより、呪われた血統を連ねる神聖家族・降矢木家である。この館が「黒死館」と呼ばれるのは、かつて黒死病の死者を詰め込んだ城館に由来するという。館の当主、降矢木算哲は既に歿し、遺児の降矢木旗太郎が後を継いで現当主となっていた。算哲は欧州で医学と魔術を極めて帰国したが、同時に連れ来たる西洋人の赤子4人を館内に押し込め、何十年も門外不出の絃楽四重奏団として育て上げていた。その黒死館を舞台として、ファウストの呪文とともに繰り広げられる奇怪な殺人劇が、降矢木家に襲いかかる。
しかしある視点から見れば、そうした筋立て自体はほんの付け足しに過ぎない。本書全体の9割以上は、事件解決とは何ら関係しない神秘思想・占星術・異端神学・宗教学・物理学・医学・薬学・紋章学・心理学・犯罪学・暗号学など広範にわたる夥しい衒学趣味(ペダントリー)で彩られており、本来は裏打ちとなるべき知識の披露が全体に横溢するという主客転倒を見せている。
実際、推理小説としてみた場合、消去法を使うと、概ね中盤ぐらいで真犯人が確定できる。また、作中においても、法水麟太郎自身が一度は真犯人を指摘しながら、何故か大した理由もなくその意見を留保し、終盤において、ようやく再度真犯人を指摘するという、展開上の大きな矛盾もある。
また、自動人形テレーズや『ウイチグス呪法典』、カバラの数秘術による暗号、アインシュタインとヴァン・ジッターの無限宇宙論争、図書室を埋め尽くす奇書等々、意表を突く道具立ての連続と相俟って、全体には一種異様な神秘かつ抽象的超論理が貫かれており、日本探偵小説史上最大の奇書とも評する人もいる。
晦渋な文体と、ルビだらけの特殊な専門用語多数を伴う、極度に錯綜した内容であるため、読者を非常に限定する難読書とされる。それ故にか、新本格系ミステリの方面では神格化され、作中にオマージュとして用いられるなど引き合いは多い。